- 加藤 洋(カリモク家具株式会社取締役副社長)× 山田敏夫(ファクトリエ代表)

山田:
僕が加藤さんに最初に出会ったのは、2022年に東京ビッグサイトで講演されていた加藤さんと名刺交換させていただいた時です。「今、ファクトリエ着ています」といってくださって、「え、そうなんですか!」と驚きましたし、 嬉しかったです。

加藤さん(以下敬称略):
今日もそうですけどね。(笑)

山田:
ありがとうございます!その後、Karimoku Commons Tokyoに訪問させていただき、工場にもお邪魔しました。

加藤:
ファクトリエや創業者の山田さんは、ずっと知っていました。ファクトリエが取り組まれていることや、山田さんの思い、みたいな部分には、逆にすごく勇気づけられたり、刺激を受けたり、勉強させていただいた、というのが実態なのです。だから、全然初めて会った気がせず、嬉しかった記憶があります。

山田:
恐縮です。こちらこそ知ってくださっていて嬉しかったです。

林業の抱える課題

山田:
加藤さんにお会いして、林業の現状を知りました。ファッション業界の抱える課題はすごく実感していたのですが、日本の林業にも大きな課題があることを知りました。

加藤:
もともと日本の国土面積に占める森林率は、世界でも2番目か3番目ぐらいなのです。1位はフィンランドで70%を超えていて。2位がスウェーデンか日本か。

山田:
そんなに上位にランクインするのですね。

加藤:
国土の3分の2は森に覆われているので、上手に足元の木を使うことができれば、こと木材という経済資源に関しては、成長量と消費量で比較すると、ほぼ自給自足できるぐらいのレベルなのです。それぐらい潜在力があります。

昔は、薪や炭など燃料としての需要が木に関しては強かったので(燃料が無くなってしまうと困るため)切り過ぎることなく、大事に育てながら活用していました。それが里山という、人と自然の理想的な共生関係の一つのかたちと言われていました。

近年、エネルギーは電気・ガスになり、里山の資源がほぼ使われなくなりました。里山の木を上手に活用していく、活用しながら育てていく、ということを放棄してしまったがために、実はいろんな問題を抱えているのです。

山田:
郊外に行くと、自然の豊かさを感じるのですが、森の質が変わってきている、ということですか?

加藤:
そうですね。もともと人が住む人里、次に里山というエリアがあり、奥山というエリアがありました。その次は、〇〇岳といわれる、神々が住むと言われるような急峻な山々があります。この里山を上手に人が活用し、木を適宜使うので、明るい森だったのです。ところが、近年は“アーバンベア”と呼ばれる熊が人里まで下りてきてしまうようになったのです。

山田:
各地で獣害被害をよく耳にしますね。それも里山が関係するのでしょうか?

加藤:
熊が本来住んでいる奥山と人里の間にある「里山」という干渉地帯が無くなってしまったことは要因の一つだと思います。食べ物を求めて下りてくると、すぐそこが人里であり、人と出くわしてしまう危険性も高まってしまう。

里山の(木の)活用は、私たちの暮らしを守っていく上でも大事なことですが、利便性や効率、経済性を優先してしまうと、どうしても使いづらいものが多いので、後回しになってしまうのです。

日本の家具メーカーとして木の家具を作るにあたって、家具を使っていただく方に喜んでいただくのはもちろんのこと、未来に向けて社会を少しでも良くしていきたい、という思いがあります。

なぜ木を輸入するのか

山田:
目の前にそれだけたくさん木があるのになぜ海外から輸入するのでしょう?

加藤:
輸入の木材のほうが、物流が難しい時代の中でも、あるいは円安化においても、トータルで考えると安定的に入るから。またクオリティも含めて安定しているので、使いやすい、というのは間違いないのです。

だからといって、シンプルに目先の使いやすさとか経済性だけを追いかけていたのでは、すでにシリアスな状態になっている日本の自然(森林)が、より一層荒廃してしまいます。

山田:
今の課題に対して取り組むことで、すぐに改善されるものでしょうか?

加藤:
自然が作るものなので、突然人が手を加えても、すぐには良くならないのです。100年・200年をかけて構築されていくものですので。僕らみたいな家具メーカーができることは、ちっぽけなことではあるのですが、少なくとも人の身近に置かれ、暮らしと一番密着して使われる耐久消費材であることを考えると、お使いいただく家具にも社会性を持ったストーリーを伝えなければと思っています。

山田:
里山の木は、プロの目から見て使いづらいものなのでしょうか?

加藤:
細かったり曲がっていたり、節とかいろんな欠点が多かったりするので、従来の感覚からすると、家具を作るためにあるべき優良な木材とはほど遠いのです。そのためバイオマス燃料のチップとしてしか買い取ってもらえず、価格が安くなってしまいます。

ただそれはあくまで、人が人の都合で考えた時に、細いから大きな部材が取れないとか、曲がっているから真っ直ぐな長い部材が取れないとか、という人の都合なのです。そこは知恵と工夫で、そういったものを、なるべく付加価値高くどう活かすか。そういったものに付加価値が生まれれば、林業で暮らしていらっしゃる方たちの収入の増加にもなったり。山間部と都市部の格差も、その地域にあるものを使って、より大きな経済的な価値を生み出せるだろうと考えています。

山田:
「環境に良いので、これを買ってください。」ではなくて、価値をそこに付加させて、ということですね。

加藤:
そうですね。ファッションの世界でも一緒だと思うのですが、環境に良いから買ってください、というのでは、なかなか買ってくれないんですよね。きちんとまず支払う金額に対するクオリティーや機能性を維持しつつ、プラスアルファで、それを消費することで世の中が良くなる、みたいな付加価値を付けないと。

山田:
良いものを買っていたら、結果として自然が守られるということですね。

加藤:
そう。そういった意味では、僕らとしては、付加価値の源泉として、デザインとマニファクチャリングを工夫しています。

品質至上のものづくり

山田:
工場を家具のカテゴリーによって専門化したり、座り心地を科学したり、品質を高めるために多くの取り組みをされていらっしゃいますよね?

加藤:
僕らは色々な木を使うのですが、50年、100年、もしくは150年経ったような木を使わせていただいています。そう考えると、僕らが作る家具も同じぐらい長く人に寄り沿えるようなものを目指したい。50年育った木を使うのだったら50年使えるとか、100年の木を使うのだったら100年使えるような家具にしたい、と思っています。


(修理される家具たち)

山田:
育った期間と同じだけ、使うというのは自然への畏敬の念を感じますね。

加藤:
デザインだけではなくて、家具は暮らしの道具なので、道具としての快適性・使いやすさはきちんとエビデンス付きで追求していこうとずいぶん前から姿・形・色にこだわりながらやっています。

山田:
座り心地を科学するのはどのようにされてるのですか?

加藤:
椅子は歴史が長いだけに、それこそファラオの時代から…

山田:
ファラオですか?(笑)

加藤:
エジプトに行くと、ここにファラオが座っていました、という何千年前の椅子がきちんと残っているのです。王様の座る椅子なので、すごくきらびやかではあるのですが、その時代から、基本的に何が本当に人を快適にさせるのか?を科学的に調べていくことは、実はあまりされていませんでした。

ですので、大学や自動車のシートを作っている会社に、いろいろ教えていただきながら我々なりの快適性を決めるファクターとして、どんな生体データを取って、それをどう評価したらいいのか?を、少しずつ固めているところです。…終わりはないんですけどね。(カリモク家具の品質については)そこを一定のご評価をいただいているかな、と思います。

社会問題化する虫食い被害

山田:
最近はどんな課題があるのでしょうか?

加藤:
特に里山を中心に虫食い被害が増えています。年によってバラツキはあるのですが、年間15万m3ぐらいのどんぐりやコナラ、クリという木が、カシノナガキクイムシという虫にアタックされると枯れて死んでしまう被害が出ています。

山田:
穴が開いているのが、それですか?

加藤:
そうです。小さくて分かりにくいのですが。こういうポツポツという…

山田:
はい、見えますね。これは虫が食べた痕ですか?

加藤:
そう。虫が食べた痕です。虫が食べたというよりは、虫が卵を産みつけるために、トンネルを掘った痕なのです。ですが、この虫にアタックされると木は枯れてしまいます。穴が開いているので、経済資源として、全く価値がなく、燃料もしくはチップになるぐらいしかないのです。とても安価なので、枯死した木を切って暮らしていく林業はまず成り立たない、という状況なのです。

山田:
里山が荒れたことで虫によって枯死する木が増えている、ということですね。

加藤:
今回ぜひ山田さんに相談に乗っていただきたかったのが、虫食い材をあえてファクトリエ限定スツールとして使えないかと。穴が開いているから安値で、ということではなく、逆に、虫に食われた材料だからこそ出せる味わいがないだろうか。探求していると、実は木も虫に黙ってかじられるわけではなく、普通の木よりもタンニンを多く出していることが分かりました。

タンニンは昔から柿渋などで有名で、塗料に使われたり、繊維の染め物に使われることもあったと思います。タンニンはある種毒素のように、虫にやられた木は、自分の身を守るためにタンニンをいっぱい出しています。

そのタンニンは、鉄とすごくよく反応するので、昔ながらの鉄の溶液を使って独特な味わいを出せないか?温故知新的な昔からある塗料の手法なので、日本の繊維産業が持っている歴史的に優れた部分を活用する、という文脈によく似ていると思ったのです。

山田:
タンニンが鉄の溶剤に反応して色が変わるのですね?

加藤:
そうです。ウォッシュアウトされた、ダメージドの良い感じのデニムのような雰囲気も感じられます。

山田:
ストーリーだけでなく、デザインとしても素敵ですね。これは木によって異なるので、世界に一台ということですよね?

加藤:
そう。世界に1台しかない。これを人工的に再現しようとすると難しいのです。そんな背景から、山田さんたちに、ぜひこの子たちを使ってもらえないかと。

山田:
私自身、それはもう喜んで、という感じでした。

デニム職人が作る深みのある生地

山田:
座面についてはファクトリエ側で考えさせていただきましたが、実際に家具の生地を考えていくと、二つ課題がありました。
一つが、部屋着で座った時にお尻に生地の色が移らないか。もう一つが、日光に当たった時に生地が焼けないか、です。アパレルでは商品を作る上で大切にしているのは、洗濯後に縮まないかと色が落ちないかが主です。そうすると、張り地として適切な耐性を持っているものとは、どういうものなのだろう?と悩みました。

最終的に、リサイクルポリエステルデニムという素材にいきつきました。これはペットボトルを100%再利用している素材で、座面の耐久性に優れています。デニムは通常、ロープ染色という方法で染めるのですが、ここで水を大量に使用します。今回のリサイクルポリエステルのデニムはその工程を省くため、水を使用しません。しかも摩擦にも日光にも強いのです。

加藤:
僕らもビックリしました。同じテキスタイルでも、家具に使うファブリックと、いわゆる着るものに使うファブリックは、別物のようなイメージがありました。でも洋服の生地でも物性試験に合格したのですごいなと。

山田:
ありがとうございます。僕らも家具における耐久試験をしたことがなかったので怖かったです。(笑)

加藤:
私たちの試験は色移りするか?、摩耗するか?を見たりもします。着るものとはちょっと違う試験規格なのですが、すごい素材があるのだな、と感動しました。

山田:
ありがとうございます。リサイクルポリエステルの糸は綿から染めます。ただ、、綿をネイビーに染めたらこれができるか?ということではありません。 福山の老舗デニムの工場が作る合成繊維は、ブルー、ブラック、グレー、ホワイトなど多様な色で綿を染めて混ぜ合わせます。こうすることで織った時の色の深みが大きく異なります。

加藤:
なるほど、見た目はポリエステル感などは全く感じないですね。

山田:
これはエアジェット織機で織っています。エアジェット織機は、風圧をどのぐらい変えるか?によっても織り上がりが大きく変わるため、作るのが非常に難しいです。

加藤:
素晴らしい!

枯死した木を使う理由

虫食いの原因はカシノナガキクイムシにあります。もともと西日本にしか生息しておらず、外来種というわけではありません。人が適度に里山の木を使っていた頃は木と木の間隔が空いており、その虫はあまり飛べないので、遠くへ行けません。そのため被害も広がりませんでした。

むしろ森の中で病気で弱ったり、年老いた木に集中的にアタックし、その木が枯れて倒れることで、明るい場所ができる。そうすると、その場所にワーっとドングリが芽生えてきて。そして、ドングリを求めていろんなものが集まってくるという豊かな生態系がぐるぐる回っていました。

今は温暖化もあって、西日本から東北まで広がってしまいました。人が木を使わなくなったので、木が込み入って生えてしまったのです。

山田:
容易に行き来ができるのですね。

加藤:
はい、飛べない虫でもすぐに隣に行けちゃう。天敵がそれほどいるわけではないので、一気に増えてしまって。今僕らの中では、大きな問題として認識しています。

ただ、誰も解決策を見出せないのです。被害が広がることを防ぐためには見つけ次第切るしかない。では切った木をどうするか?と言われると、何の付加価値も生まれない。そもそも切るためにもコストがかかりますし、虫に食われたといっても、50年・100年かかって育ってきた木ですからもったいないというか、申し訳ない。なので、ここはチャレンジとしたいところでした。

山田:
それだけ大きな課題で、カシノナガキクイムシが増えているにもかかわらず、解決策は見出せていないのですね。木工スツールとしては初めてになるのですか?

加藤:
初めてです。家具業界の中でもこういったマテリアルを積極的に「そういうマテリアルなのです」というストーリーをつけて訴求していくのは大事ですね。

山田:
それだけ大きいイシューでも、なかなか手を付けられなかったのですね。

加藤:
そうなのです。例えば虫の穴が開いていることに関して気に入らないとか、気持ち悪いとか、というお客様からのコメントがあるとやはり使えないとなってしまうので、僕らも含めてなかなか手をつけられませんでした。

山田:
不揃いの木や虫食いの痕があることが当たり前になるといいですね。今は調達や加工がいろいろ大変かもしれないけど。これが一般化すると流通も整い、コストも下がっていくということですよね?

加藤:
そうですね。使いやすくなっていきます。僕らが自然と離れてしまったことで引き起された一つの象徴的な出来事だと思います。こういったものを一つきっかけとして、ちょっとでも自然との関わりに関して思いを馳せていただけると嬉しいです。こうしたことが積み上がってくると、大きな視点で、人と海、人と森、自然との関わり方に対する認識も、良い方向に変わっていく。そうすると、社会全体も次の世代に対して、より良いかたちで繋げられるんじゃないかなと願っています。

山田:
今回は素敵な取り組みをご一緒させていただきありがとうございました!日本の林業だけでなく、自然との共生について、とても勉強になりました。

加藤:
こちらこそ。ありがとうございました!

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