-新井良亮 /(株式会社ルミネ・顧問)× 山田敏夫(ファクトリエ代表)
山田(敬称略):
私たちファクトリエはEC事業を展開していますが、商品を試着できるリアルな店舗もかまえています。サイト上に画像を載せ、商品概要を説明し、サイズを細やかに記載としたとしても、「実物に触れてみたい」「洋服は一度着てみないと不安」というニーズは少なくありません。ECを主軸としつつも、部分的には小売の側面も兼ね備えており、お客様との接点を設けることの重要性を日々感じています。
百貨店やファッションビルの閉鎖が相次いでいる今、売上を着実に伸ばしているのがルミネ。
先日、ファクトリエが開催したイベント『工場サミット2018』で、ルミネの取締役相談役を務める新井良亮さんと対談する機会がありました。「ネット通販が小売を制する」という声も上がる中、新井さんは小売の未来をどう見ているのか。厳しくも前向きなその言葉には、今後の小売におけるヒントがたくさん詰まっていました。 今回のSTORYではその内容をご紹介します。
‐マーケットを冒涜してきた20年
山田:
率直にお聞きします。インターネットの台頭があるにせよ、なぜ小売業はここまで衰退してしまったのでしょうか?
新井(敬称略):
直近の約20年は、“失われた20年”と私は捉えています。20年前までの日本は、商品を店頭に並べていれば売れる時代でした。現状では、そんな時代はとうに過ぎ去っているのに、安価な商品を安易に作り、海外から見境なく商品を輸入し、ひたすら売りさばくことに終始してきている。いつまでも古き日の方法論やビジネスモデルに固執してきたツケが、現在端的に現れていると考えるべきではないでしょうか。
山田:
プロダクトアウトしていればよかった時代の成功体験を捨て切れていなかったわけですね。
新井:
そのビジネスモデルがそもそも破綻していたんですよ。本来であれば、商品開発に知恵を絞り、商品の本質や価値をセットにして消費者に届けるべきです。ですが、実際に行われていたのは、とにかく商品の数集めに奔走し、売れなければセールをすればいいという安直なビジネスでした。
山田:
セールをしても利益が出るように元値を設定したり、アウトレットがお得という消費者の心理を読んだ上で、最初からアウトレット向けに商品開発したりしているケースも未だに散見されます。
新井:
マーケットに対する冒涜ですよ。大量に作って大量に売ることは、小売ではなくて大売です。
商品が飽和して消費が冷え込んでいる今になっても、多くの企業はこの20年の間に凝り固まってしまった考え方を変えられていません。変化を起こしたとしても、イノベーションや構造改革に舵を切るのではなく、生産縮小やコスト削減、効率化など、内向きの行動に走っているだけです。
‐売上を10%~20%伸ばす方法
山田:
小売を変えるためにまず行うべきことは何でしょうか?
新井:
お客様や店舗、つまりマーケットをつぶさに観察することです。
今までは分業化や専門化の名のもとに卸業者に過度に依存しており、小売としての権利放棄に等しい状態でした。感性や皮膚感覚を研ぎ澄ましながらマーケットを見て、販売やものづくりをトータルでオーガナイズすることが小売が担うべき本来の役割なのです。
山田:
今はデータ分析を行っている企業が増えています。それはマーケットを見ることの1つになっていますか?
新井:
一般に出回っているデータを分析しているだけでは、それをベースに実施される施策はどれも同一化し、商品も同質化します。データが参考になることもありますが、過度な期待をかけてはいけません。
山田:
データに依存しないとなると、どのようにマーケットを見れば良いのでしょうか?
新井:
現場(店舗)に足を運ぶことです。ビジネスのヒントは現場にあります。これだけ時代の変化が早く、趣味嗜好の多様化が進んでいく中にあっては、経営陣こそが積極的に第一線へと出向かなければなりません。経営陣が高い頻度で現場に足を運べば、売上は10%から20%伸びると言われています。
山田:
そんなに伸びるのですね。
新井:
小売とは少し話が外れますが、ルミネではビルの一部スペースをブランドやアーティストに間貸しして、POPストアとして利用してもらう機会も提供しています。ストアに訪れるデザイナーと訪れないデザイナーを比べると、後者は淘汰されていくんですよ。
山田:
現場を知ることの重要性が良く現れているエピソードですね。ものづくりをする人たちも、作って終わり、データを見て終わりではいけないと。
新井:
現場にいるスタッフにとっても刺激になりますし、モチベーションも上がります。経営陣やクリエイターと交流を図ることで、ブランドや商品に込めた思いがショップスタッフに伝わり、その熱意がお客様に伝播していく。それによって店舗が活性化し、結果として売上につながるのです。
山田:
言われてみれば、小売の基礎のような気もします。
新井:
経営にマジックはありません。当たり前のことを着実に実行するという基礎に小売も立ち返るべきなのです。
‐新しい価値は30年かけて創造される
山田:
これからの小売に大切な要素は他にありますか?
新井:
新しい価値を創造することです。マーケットやニーズの変化が常態化し、大競争時代となっている今のマーケットはカオスにも見えますが、意識と構造を抜本的に改革できるチャンスでもあると私は捉えています。
山田:
価値を創造するためには何が必要ですか?
新井:
知恵です。知恵を得るためには、前例や過去の成功体験を捨てなければなりません。創造的破壊とも言えるかもしれない。今の厳しい現状は、部分的なリノベーションでは何も変えられないでしょう。求められているのは、抜本的な改革です。
山田:
新井さんから見て、小売の現状を打破する上でヒントとなり得るワードがあれば教えていただきたいです。
新井:
「環境、社会貢献、人づくり」の3つですね。世界に目を向けてみると、SDGs(持続可能な開発目標)が企業の価値基準になりつつありますが、社会や生活を持続的により良くする方向に進んでいます。食品に関して言うと、添加物が含まれた商品は受け入れなくなりつつあるのです。添加物が含まれている食品は、持続可能な生活に反していますから。
山田:
そういった動向は日本だけに目を向けていると気付かないかもしれません。
新井:
日本のマーケットは確実に縮小傾向にあるわけで、小売で生き残るためにはグローバルスタンダードを知ることは不可欠です。人づくりについて触れると、この20年は企業の経営状況が厳しかったこともあり、人材に投資する余裕がありませんでした。企業体質も内向きだったので、社員の意識や行動は異常に保守化し、成長意欲も削がれていきました。しかし、これからは待遇改善を含め、人材への投資が求められます。社員の成長意欲に応えることが、創造の土壌を培っていくのです。
山田:
「環境、社会貢献、人づくり」という3つは、私も胸に留めておきます。
新井:
これらと共生、共創しながら、未来志向で事業に取り組んでください。新しい価値の創造は、20年、30年先を見据えて行うものです。30年かけて変革を起こすとなると、これからの鍵を握るのは若い経営者に他なりません。“失われた20年”を知らない若い世代の力が、小売の未来を切り拓いていくと私は信じています。
山田:
新井さん、今日はありがとうございました。
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