-大草直子(スタイリスト)× 山田敏夫(ファクトリエ代表)
-おしゃれは知性
山田:
大草さんは「おしゃれは知性」とおっしゃっていますが、おしゃれと知性の関係について具体的にお聞かせください。
大草(敬称略):
6年ほど前に初めて本を出させてもらったのですが、そこでは「オシャレはツールです」と言っていました。それは、ファッションは人とコミュニケーションをとるときのツールなので、誰でもそれを享受できる権利があり、決して誰かから押し付けられたりするものじゃないと言っていたのです。
それから私も年齢を重ね、色々なお仕事をさせてもらう中で、自分の環境も変わっていくと、当然、服への考え方も変わってきました。そこで知性という言葉が出てきたのだと思います。知性はマナーとも言い換えられると思いますが、年を重ねると、お悔やみの場所に行くことも増えます。そういう時に、自分がかっこよくいられるという考えは捨てるべきですよね。お悔やみの気持ちを出すということが、その場では最も大切なことなので。好きだからとか、気分だから、ということを捨てなきゃいけない。そういった場面に合わせた服装が、オシャレのセンスやお金の問題じゃなくて、その人のインテリジェンスにすごくかかっているなということに気づいたのです。
最初はちょっと考えるのが面倒くさかったりしたのですが、徐々に鍛えられていくものもあり、途中から知性を考えることがすごく楽しくなってきたんですよ。
山田:
合わせることと、自己表現。2つのバランスが大切なのですね。
大草:
どうしても自分の気持ちとか、自己欲求を抑えないといけない場面が出てくる。それでも、きちんとおしゃれであることを楽しんで、おしゃれであることを捨てないということは、頭を鍛えないとできないと思うんです。年齢を重ねるとそういった気づきがあるんだなという気持ちで、今はそのバランスを楽しんでいます。
山田:
大草さんのそういったマナーは最初から身に付いてらっしゃったんですか。
大草:
Vingtaine(ヴァンテーヌ)という雑誌編集者時代からですかね。ヴァンテーヌは「ルールのあるおしゃれ」というキャッチフレーズを持った雑誌でした。当時は新人編集者として色々動き回ることも多かったので、身軽な恰好でよく出社していたのですが、ある日編集長に「あなたはヴァンデーヌの顔として行くのだから、ジャケットくらい着て行きなさい」と怒られたんですよね。「遠足いくの?」って。「いや、遠足じゃなくて撮影なんですけど?」みたいな。笑 その時の体験がすごく自分の身になっていると思います。
-年齢を重ねることの、外見の変化もいっそ楽しんでしまおう
山田:
大草さんは、忙しい日々や、先ほどのような一見、不自由な慣習の中でも、楽しまれようとしますよね。例えば、「シワが増えることは、自分の人生が一つ一つ刻まれる証拠で、愛すべきもの」という大草さんの言葉をどこかで見たときに、すごく印象的で、世の中の大半の女性はシワが増えることをネガティブに考える中、ポジティブな捉え方をされているのが新鮮でした。
大草:
もちろんシワがないに越した事はないと思うのですが。私は旅がすごく好きで、日焼けも気にしないし、とにかく新しい景色を見ていたいっていつも思うんです。今でも行きたい場所はいっぱいありますし、だから鏡の中に映るシワが増えた顔も、旅で見た記憶と同じように新しい景色な訳です。笑
山田:
深いですね。笑
大草:
鏡の中に映っている自分が、27歳の時の自分と同じでいることに固執するなんてばかばかしいと思ってしまいます。いつも新しいものを見ていたいし、仕事も当然、新しい気持ちでやりたい。常に新しい記憶を積み重ねたいと思うと、自分もどんどん新しくなって良いんだという気持ちになります。
年齢を重ねることの、外見の変化もいっそ楽しんでしまおうって。だって10年前の自分と顔が全く同じだったらつまらないですよね。10年も泣いたり、笑ったり、わめいたりしてきたのに、なんで10年前と同じ顔じゃなきゃいけないの? って。今私は42歳になって、そういうことを思って発信し続けなければいけないし、発信していこうって思います。
なので、今一番やりたいことは、”第二の思春期”として、体型が変わり、考え方も変わり、ホルモンのバランスが中学生みたいに崩れてくる、その真っ只中にいる同年代の女性たちが楽になるようなメッセージであったり、スタイリングであったり、そういうものを提供したいし、30代の女性には、「あっ、目の前に広がっている景色ってなんだか楽しそうだぞ」と思ってもらいたいです。そこが自分のモチベーションになっているので、新しいチャレンジもまだまだ色々やっていくつもりです。
-あなたはあなたのままでいい
山田:
ファッションに対して一つの答えを提示するというよりは、大草さんの場合、自分でやってみてっておっしゃることのほうが多いですよね。そもそも「おしゃれ」は、持って生まれたセンスではなく、自分で考えることやトライしてみることで培われるものなのでしょうか?
大草:
自分でトライすることが、すごく大事だと思います。「誰か」になる必要はないので。いつまでも誰かになりたいと思っていると、おしゃれになれないよっていうのを伝えたいです。「あの人になりたい」「自分と違う誰かになりたい」と考えるのって、すごく不幸なことだと思ってて。それをずっと追い続けなきゃいけないし、なれるわけがないし、なれたところで意味がないことだから。あくまで自分でやりながら、悩んだら立ち止まってみたりとか、ちょっと戻ってみたりとか、だからいつまでも新しい旅なんですよ。めっちゃいいんですよ、それが。
山田:
「あなたはあなたのままでいい」ってことですよね。
大草:
そうです。で、違うことが楽しいよね、という。
山田:
「あなたのままでいい」というのはいつ頃から思うようになったのですか。
大草:
子どもが生まれたことがきっかけだと思います。子どもってやっぱりその存在まるごと親の言いなりとか、親の希望通りにすべきじゃないというのを私はずっと思っていて、その子たちの個性は、その子たちだけの宝物だからって。あなたはあなたのままでいいのよって。
「こういう子になってよ」みたいなことは全然ないので、そういうのを客観的に思えるようになったっていうのもありますかね。だったら私だって私でいいじゃない!みたいな。笑
だからダイエットだって自分が興味ないならしなくていいし、9号とか7号が入らなくたって別にいいじゃないって思います。そんなの誰かが決めた記号じゃないって。そういうことを人に言ってあげると、やっぱり言われたほうは楽になる。おしゃれになりましたっていうより、楽になりましたって言われるほうが嬉しいんです。自分が提唱するファッションに身を包んでもらいたいとか、ブームを巻き起こしたいとかは、これまで考えたこともないので。
-誰かが幸せになってもらいたいという気持ちが強い
山田:
大草さんは、「まずは、自分を認めて愛すること」をいつもお話していますし、愛にすごく溢れていらっしゃる方だと思うんですが、その源って何でしょうか?
大草:
この仕事も含めて、全部が自分の夢実現のためにやっている訳ではなくて、誰かが幸せになってもらいたいという気持ちが強いので、そう言ってくださるのはすごく嬉しいです。もともと、人が好きというのもすごくあるんだとは思うのですが、今まで色々な人から助けてもらったことを、40代近くになってすごく意識するようになりました。人生80歳まで元気でいられると仮定すると、40歳は人生の前半戦が終わって、ハーフタイムに入る頃ですよね。前半は、いろんな人に愛情をいただいて、いろんな人からパスをもらって、生きてきた人生かなと思っていて。親や兄弟もそうですし、先輩や友達もそうですし。
そのパスのおかげで、色々シュートが決められたので、後半戦はそれを返していこうという風に思います。
(左:新書「私のたしなみ100」・右:3年前に大草さんのサイン会で頂いたメッセージ)
山田:
私も3年前に初めてお会いした時から本当にお世話になっていますし、モデルの松田珠希さんも「大草さんのおかげで今がある」とおっしゃっていました。そういう利他的なところ、人に対してとても愛を持って接していらっしゃるところは、博愛主義のようにも感じられます。どうしてそんなに良い方なのでしょうか?笑
大草:
本当にそんなことはないのですが。笑
でも、変な意味じゃないですけど、「自分のお客様はどこにいるか」っていうのは常に考えています。あくまでもお客様は本や雑誌を読んで下さる方、服を着てくださる方であって、それだけは忘れてはいけない、と。お客様が誰かというのを、とにかくぶれないように。自分を支持してくださって、励ましてくれるのは、読者の方だとすごく思うので、だから博愛主義ではないのかもしれないです。
山田:
仕事をする上で関わる方が周りにたくさんいると、そういう本質的なことが一見わかりづらくなりませんか?
大草:
特に私たちのような仕事はわかりにくいです。今までの編集者やスタイリストって、お客様はいるけどあえてそこは見ない、という風潮がすごくあったんですね。だけど私は、それは絶対に違うと思ったし、とにかくお客様と会わないといけない、見ないといけないというのは、昔から大事にしていることです。当時、雑誌の前の方のページでラグジュアリーな世界を作っていた頃、私の作るページはずっと後ろの方でした。でも、「絶対リアルだ」と信じていたので、ブレることはなかったです。そしたら、35歳くらいでページの前の方になったんですよね。
山田:
お客様が誰かを理解して、そのお客様が喜んでくれることや、ヒントとなる提案をする。そういう大草さんのぶれない真摯さ、姿勢が届いたのですね。
-家族は、「生活者としての自分」に戻してくれる存在
山田:
最後に、大草さんは「スタイリスト・編集者」の一面もあれば、「家庭」という面もあると思います。大草さんにとって家族はどういう存在なのでしょうか?
大草:
自分よりも大事なものっていう言い方は正しいかわかりませんが、ファッションって華やかさもありながらすごく危ういところがあって、家族は、そんな自分をちゃんと「生活者としてのファッション」とか「生活者としての自分」に戻してくれる存在だと思います。空気のようにいてくれる大事な存在というのはもちろん、人に感謝をしたり、大切にしたりするといったことを常に思い出させてくれる存在でもありますね。気持ち的には、可愛くて愛しい存在です。笑
山田:
家族が愛おしい存在というのはもちろん、生活者の視点や、地に足を着いた自分にちゃんと戻してくれる存在ということですね。スタイリストという職業は華やかなイメージがありますが、リアルな生活を忘れない、ファッションに生活を奪われない、大草さんの意見はとても参考になります。
山田:
5月に新書「私のたしなみ100」が発売されましたね!大草さんらしい優しいフレーズが詩的に書かれており、たくさんの学びがありました。
大草:
ありがとうございます。いつも同じ本を書きたいとは思わないので、今の私の考え、感じたことを新しく表現できたかなと思っています。
山田:
いつも新しい挑戦と、その過程を慈しむ大草さんの色々なお話を伺えて勉強になりました。本日はお忙しい中、ありがとうございました!
大草:
こちらこそ、ありがとうございました!
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