-黒川光博(虎屋17代)× 山田敏夫(ファクトリエ代表)
山田:
本日は、虎屋17代当主、黒川光博さんにお話を伺います。どうぞ宜しくお願い致します。
黒川:
(お菓子とお茶を指して)
どうぞ、召し上がって下さい。夏の季語でもある「花氷」という名前の菓子です。
山田:
いつもお菓子を頂戴しありがとうございます。頂きます。虎屋さんのお菓子は、見ても美しく、食べても美味しくて感銘を受けます。ファッション業界よりもよほど季節を敏感に先取りされていると感じます。
-虎屋は不器用な会社だからこそ、TORAYA CAFEに挑戦した。
山田:
実は昨日、六本木ヒルズのTORAYA CAFEにお邪魔したのですが、お客様がたくさん並ばれていて、大盛況でいらっしゃいました。
黒川社長は、500年続く老舗を背負われながら、TORAYA CAFEなど、和菓子屋さんの常識を覆すような挑戦をされていらっゃいますね。
そのような挑戦をされるに至った経緯を、教えて頂けますでしょうか。虎屋さんのように、すでに知名度とお得意様を抱えていらしたら、あえてリスクを背負って挑戦する必要もないように感じるのですが・・・。
黒川:
本当にそう思われますか?(笑)
若い方たちが、昔のように和菓子を食べて下さっているでしょうか?
山田:
そうですね。私自身は、和菓子が好きで虎屋さんのファンなのですが、確かに一般的に若者が和菓子を食べているようには思えないです。
黒川:
500年続いているといっても、今は和菓子を取り巻く環境が全く違ってきています。何よりも、お客様の触れる情報量が増えている。
インターネットやスマートフォンを使って、すぐに、たくさんのお店の情報を得ることができる時代です。
昔のように、店があって、名前が知られていれば、お客様にお買い上げ頂けるというわけにはいきません。虎屋を、和菓子を続けていくためには、このままではいけない。挑戦しなければという想いがあります。
山田:
なるほど。しかもTORAYA CAFEでは、あんこを使ったケーキ、つまり洋菓子を提供されていますね。
若者向けにカフェ業態をやられるというだけでなく、和菓子屋の枠をとりはらい、あんこという資産を使って洋菓子にも挑戦されていく。これはかなりチャレンジングだったのではないでしょうか。
黒川:
虎屋という会社は非常に不器用なんです。私たちには、和菓子を真面目に、誠実に作り続けてきたということ、それしかない。お客様の口に入るものだから、基本に忠実に、愚直に、こつこつと積み重ねてきました。
製造部門での菓子づくりに対する真摯な姿勢が我々の原点にあり、それが販売や事務を担当する従業員にも伝わっていると思います。研修で製造の現場に入った社員たちは、「ここまでやるのか」と感銘を受けて帰ってきます。
ひたむきに作ってきたからこそ、新しくカフェを始めるときにも、正面から「ものづくり」に向き合いました。
山田:
不器用だからこそ、得意分野である商品作りに正面から取り組まれたのですね。
それでも、社内の方はケーキをやると聞いて驚かれたんじゃないでしょうか。
黒川:
そうですね。相当驚いたかもしれないですね。(笑)
ただ、菓子屋というのは、昔からお客様のご注文に合わせて、その時々でオーダーメイドで菓子をお作りしてきた商売でしたので、やったことのないことや難しい要求にも応えられるような素地は、職人たちにもともとあったのかもしれません。
山田:
黒川社長ご自身はいかがでしたか?不安などはおありではなかったでしょうか?
黒川:
もちろんありましたよ。TORAYA CAFEをやると決めて、実現に向けて突き進んでいきましたが、オープン前日には不安で仕方なかったです。
お客様は来て下さるだろうか、昔からのお客様はどのように思われるだろうか、と。オープンしてみると、多くのお客様がいらして下さり、とても安堵しうれしく思いました。
-挑戦したからこそ気付いた、「和菓子の可能性」。
山田:
老舗だからこそ、不安やご苦労もたくさん経験されたのではないでしょうか。
黒川:
もちろん大変なこともありましたが、挑戦したからこそ気付けたこともあります。
例えば、TORAYA CAFEに来て、初めて虎屋のことを知ったり、あんこをじっくり味わったりした、というお客様が意外にもたくさんいらっしゃいました。
長い間和菓子ばかりをやっていると、和菓子や虎屋についてある程度知って頂けているのではないかとついつい思ってしまうのですが、私たちのことをご存じないお客様はたくさんいらっしゃると実感し、
もっと積極的にアプローチしなければいけないと強く思いました。
さらに、そうしたお客様が、後日虎屋の和菓子を召し上がる。すると、これは美味しいというので、和菓子のファンになってくださるんです。これはとても嬉しいことですね。
何よりも、あんこや和菓子は、きちんと味わって頂く機会さえあれば、良さに気付いて頂ける、まだまだ若い方にも受け入れられると希望を持ちました。
山田:
確かに、私のように和菓子が好きで、当然のように虎屋さんに触れたことがある人ばかりではないですよね。やはりTORAYA CAFEは、あんこや和菓子との出会いのチャンスになりますね。
出会いといえば、東京ミッドタウンの店舗に伺ったときに、黒砂糖の展示を拝見しました。一見、すぐには商売につながらないような情報発信ですが、とても丁寧に作り込まれていて、大変驚きました。
黒川:
あのスペースでは、必ずしも虎屋の商品と結びつかずとも、日本文化やものづくり、若手の芸術家などの情報発信をしていきたいと思っています。
やはり、社会的に見て何もかも売上至上主義になってしまったのがこれまでの反省点であり、これから変わっていく部分だと思います。
もちろん利益も大事だけれど、商売は、それだけが目的ではない。私たちがお客様や世の中に対してどのように貢献できるのか、ということを考えていきたいです。
山田:
黒川社長にお勧め頂いた、エルメス本社副社長 齋藤峰明さんの本「エスプリ思考」(川島蓉子著 新潮社)で書かれていた精神とも共通するところがありますね。齋藤さんは以前、ライバルは虎屋だ、とおっしゃったそうですね。
黒川:
齋藤さんがインタビューでそうおっしゃっていたのを拝見して、大変嬉しく、お会いしたいと思いました。それ以来、20年近くのお付き合いになりますが、どうしてもお互いに言うことが似てきてしまって困ります。(笑)
-本田宗一郎さんとの思い出。
山田:
黒川社長は、読書が趣味だとプロフィールなどで書かれていますね。
著書「虎屋―和菓子と歩んだ五百年」でも、様々な書物を非常に丹念にひも解かれていて、大変興味深く拝読しました。
黒川:
本を読んで人の生き方や考え方から多くの学びを得ました。自分だったらどう生きようか、と考えるきっかけになります。
あとは先輩方とお会いして、たくさんの言葉を頂いています。特にお世話になったのは、本田宗一郎さんです。私は当時40代でしたが、多方面で啓発されました。
山田:
本田さんとのエピソードを、いくつか教えて頂けますでしょうか。
黒川:
そうですね・・・たくさんありますが、まずはシンガポールで初の教習所(セーフティドライビングセンター)を作られたときのことを。
理由を尋ねると、「車は、人間の生命そのものを預かる機械だ。一歩あやまれば殺人の道具にすらなりうる。」とおっしゃったのが私にとっては衝撃的でした。
教習所の設立は、安全運転を学んでもらい、事故のない世の中にしたいというお考えによるものですが、ご自分が作られているものに対して、“殺人の道具になる”とまでおっしゃるのかと。責任感の強さに、言葉が出なくなりました。
また、1980年代、アメリカで日本車の輸出制限がされたときのことです。若かった私は、そんな不平等なことがあるか、と憤っていたのですが、本田さんは違って、まぁ良いじゃないかとおっしゃるんです。
「商売というのは、たくさん売れたら良いというわけじゃない。相手あってのことだから、バランスが大事なんだ」と。商売というものの本質を学びましたね。
まだあります。ホンダがアメリカに工場を建てることになった。候補地はいくつかあったけれども、最終的にはオハイオに決まった。
記者会見では当然、なぜオハイオを選んだのかと聞かれるのですが、それに本田さんは「神様の思し召しだ」と答えられたそうなんです。
なぜかというと、オハイオを選んだ理由をあえて挙げてしまうと、他の候補地がその点でオハイオよりも劣っているという意味になってしまう。そのように誰かを貶めたくはないんだそうです。この回答はご自分でも大変満足されていました。
世間的には、豪傑で好き勝手に振る舞われているように見られた本田さんですが、このように配慮や思いやりに溢れていました。
ものづくりへの姿勢、気遣い、言葉遣い、そして自由闊達な人柄、とても魅力的な方でしたね。
-虎屋の今後の挑戦 「羊羹を世界へ」。
山田:
最後に、虎屋の今後の挑戦、思い描かれている未来などを教えて下さい。
黒川:
羊羹を、世界に通用する菓子にしたいと思っています。チョコレートといえば、世界のどこに行っても通じますよね。そんな風に、世界のどこでも、羊羹が楽しまれているような未来を目指しています。
山田:
地球の裏側の、例えばアルゼンチンなどで羊羹が日常的に食べられているような未来ですね。なんだかワクワクしますね!
黒川:
そうでしょう。(笑)
そう簡単にはできないでしょうが、そういうビジョンを持っていると、実現のための方法を考えます。例えば、100年後に実現させたいと思ったら、今何をするべきかを具体的に。
私たち1社ではとても成し遂げられないことですので、様々な業界の方と協力して、一緒に取り組んでいきたいと思っています。未来のことを考えるのはとても楽しいですよ。
山田:
ダイナミックですね。ファクトリエも世界を目指して日々精進したいと思います。
本日はお忙しい中、さまざまなお話をお聞かせ頂きありがとうございました。
その後、社内セミナーにてまたお話を伺い、たくさん勉強させていただきました。
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Vol.01 小山 薫堂 / 放送作家、脚本家
「小山薫堂さんに聞く、仕事・モノ選びへのこだわり」
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Vol.02 関谷 英里子 / 同時通訳者、日本通訳サービス代表
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「虎屋・黒川光博さんに聞く、“歴史と挑戦”“思い出とビジョン”」
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Vol.04 望月 律子 / スタイリスト
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Vol.05 三木 孝浩 / 映画監督
「三木孝浩さんに聞く、全員参加の映画づくり」
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