-井手直行(株式会社ヤッホーブルーイング代表)× 山田敏夫(ファクトリエ代表)
- お互いのパーソナリティーを深く知ろう
山田:
よなよなエールは今年で23年目です。クラフトビールでこれだけ長く続いているブランドは珍しいんじゃないですか?
井手さん(以下敬称略):
ビールの大手4社でも20年以上続いているブランドはあまりないですね。大手4社は1年間に70種類近い新ブランドを出すんですけど、ほとんどが1年も経たずに消え去っていきます。
山田:
ヤッホーブルーイングさんには多くのファンが付いていますが、創業からずっと順調だったのでしょうか?
井手:
創業直後は順調でした。ちょうど地ビールのブームが到来したんですよ。営業しなくても売上が伸びたんですけど、ブームには必ず終わりが訪れます。ピークの1999年には300社近い企業が地ビールを作っていましたが、倒産や事業撤退によって160社に減りました。
山田:
約半分になったんですね。当時の井手さんはどういった心境でしたか?
井手:
倒産の二文字は常に頭の中にありました。社内の雰囲気も悪かったですね。製造は営業を責めるし、営業は製造を責める。しまいには、「こんな味の濃いビールは日本では売れない」という結論に着地するっていう(笑)。社員数はあっという間に半分くらいになりました。
山田:
当時は斬新すぎたのかもしれませんね。よなよなエールは目隠しして飲んでも、他のビールとは明らかに違いが分かります。パッケージデザインやネーミングも個性満載ですし。
井手:
当時から付いてきてくれるファンはいて、頑張っているメンバーもいるから、何とか踏ん張りました。創業から8年間は赤字だったんですけど、徐々に持ち直して、今では14年連続で増益増収です。
山田:
井手さんが社長に就任されたのはいつですか?
井手:
2008年ですね。創業者からバトンを受け継ぎました。
山田:
売上グラフを見るとその辺りからの急成長ぶりに驚かされます。どういった変化があったのでしょう?
井手:
まず、チーム作りに力を入れはじめました。当時の社員数は20名前後で、指示をしないと動かないメンバーがほとんどだったんです。各々に任せている仕事はしっかりと遂行してくれますが、担当領域を超えたプロジェクトになると、遠慮しているのかやりにくいのか、全然進みません。歩もうとする方向もバラバラだし、議論もまとまらない。毎朝、全員で円陣を組んで朝礼をしているんですけど、誰が発言しても誰も何も聞いていなくて、中途で入社した女性のメンバーが「うちの朝礼ってお通夜みたいですね」と言ったのをよく覚えています。
山田:
シーンとしているわけですね(笑)。
井手:
いいチームを作るためには独力じゃダメだと思い、『チームビルディングプログラム』という有名なセミナーに参加しました。そこで教えられたのは、自分が変わる必要があるということです。他人を変えることはできないけど、自分は変わることができる。それまでは「何で分からないの?」というように、他人を変えようとしていたんです。
山田:
井手さんの意識が変わることによって、社内は変わりましたか?
井手:
すぐには変わらなかったですね。朝礼のときも頑張って盛り上げようとするものの、相変わらずシーンとしていて。「一言でいいからみんな話そうよ」って言っても、「特にありません」「通常業務です」としか返ってこない。そのうちに「しつこいです」「何の意味があるんですか?」と露骨に嫌がられるようになりました。さすがに心が折れましたよ。私、ナイーブな性格なので(笑)。
山田:
仮装してパーティーに出る人のセリフとは思えない(笑)。
井手:
結局お通夜のような朝礼に戻ったんですけど、あの手この手を使って、理想のチーム作りを追求しました。その中で気付いたのは、人それぞれに個性があることです。当たり前のことですが、意外と見落としがちなんです。例えば、私は声が大きいんですけど、みんなも自分と同じように大きい声を出せると思っていました。でもそうじゃない。あがり症で大きい声は出せないけど、フォローが得意な人だっているわけです。そこで、改めて自己紹介をすることからはじめました。性格や家族構成、趣味の話なんかをそれぞれが発表すると、「知らなかった」「もっと聞かせて」っていう声が結構上がってきたんですよ。
山田:
20名くらいの企業規模になると、お互いを開示し合う場を設けなければ、パーソナリティを把握し切れなくなりますよね。
井手:
自己紹介だけでは把握できない部分もあるので、チームで取り組む体験型のアクティビティも行いました。ロープを蜘蛛の巣のように張り、チーム全員が全ての穴をくぐって反対側に移動できたら成功というゲームです。ただし、穴は一つにつき一回しか使えず、体がロープに触れて鈴が鳴ったら最初からやり直しになります。
山田:
制限時間もあるんですか?
井手:
あります。で、いざスタートすると、まずは作戦を立てようとするメンバーもいれば、一旦やってみようとするメンバーも出てきます。そこでまず揉めるんですよ。
山田:
方針がぶつかり合うと。今想像してみたんですけど、結構難しそうですね。上の穴をくぐるためには宙に浮く必要があるのでは?
井手:
そこなんです。上の穴を通るためには、他の人が持ち上げないといけません。体重が軽い人をみんなで持ち上げる流れになり、ある男性がある女性に体重を聞くわけですが、その女性は「何であなたに言わないといけないの?」と怒ります。
山田:
でも体重を知る必要はあるわけですよね。聞き方が難しい (笑)。
井手:
男性が持ち上げようとすると、「何で触られないといけないの?」とまた怒る(笑)。だから最初は全く進まないんですけど、お互いの性格が徐々に分かってくるんです。この人はこれが得意なんだなとか、ここに踏み込まれるのは嫌なんだなとか。アクティビティを達成する頃には、すっかり仲良くなっています。その姿を見て、チームってすごいんだなと思いました。最初はケンカばかりしてたのに。
山田:
コミュニケーションの活性化による効果なのかなと思いました。
井手:
その通りです。コミュニケーションの量って大事なんですよね。体験型アクティビティでの気付きを活かし、みんながコミュニケーションを気軽に交わせる仕組みを作りました。ニックネームで呼び合っているのもその1つで、私は社長ではなく、てんちょと呼ばれてます。
山田:
朝礼の雰囲気は変わりました?
井手:
変わりましたね。今は10人くらいで輪になって、30分間雑談しています。他愛ない世間話なんですけど、オープンにみんなで会話することで、朝から楽しい雰囲気になるんです。心の距離を近付け、企業に活気を生み出すのは、やはりコミュニケーションだと思います。
- 他社が選ばない道を突っ切ろう
山田:
ヤッホーブルーイングは2019年版『働きがいのある会社』でベストカンパニーに選出されていて、2017年から3年連続になります。ランクインしているほとんどの企業が東京に本社を構えている中、製造業を展開している地方企業が名を連ねるのは異例です。どういった戦略で差別化を図ってきたのでしょうか?
井手:
社長に就任した当初は具体的なビジョンを描いていなかったのですが、何かのきっかけになればと思い、アメリカの経営学者であるマイケルポーターさんの『トレードオフ』というビジネス書を読みました。これがまぁ、5ページ読むごとに眠くなる本で。
山田:
読み切ったんですか?
井手:
はい。睡魔に襲われながらも、言わんとしていることを何とか理解して、スライド一枚にまとめました。私の解釈では、戦略とは要するに「競争上必要なトレードオフを伴う一連の活動を選び、一つの戦略的目標に向かって活動間のフィット感を生み出すこと」です。これだと抽象的すぎるので、具体的にかみ砕いていきます。
トレードオフとは、何かを選んだときに、別の何かを捨てることです。例えば、一本道を歩いていて左右に道が現れた場合、両方の道を進みたがるのが常です。右に進んで失敗したら、元の場所に戻り、左に進むことを選びます。
山田:
多くの企業はその選択を採りますね。
井手:
トレードオフを忠実に実行すると、右に進んだら、左は捨てます。100の企業があったら、確率論的にはその時点で50社に分かれる。さらに歩いていくとまた道が分かれて、そこでどちらかを選ぶと、確率論的には25社になります。
山田:
競合相手がいなくなっていくと。
井手:
10年以上にわたって振り切った選択をしてきたことが、今の私たちのポジションにつながっています。他社が選ばない道を突っ切ってきた結果、ガラパゴス諸島のような場所にたどり着いた感じでしょうか。そこに住んでいる変な生き物が私たちで、経営戦略も自ずと変になるわけです。
山田:
フィット感というのは?
井手:
活動を有機的につなげて相乗効果を生み出すことです。事業は成功すれば後追いが出てきますが、もしある活動を真似されたとしても、別の活動は真似できないかもしれない。つまり、様々な活動をフィットさせることで、ブランドとしての模倣を困難にさせているわけです。
山田:
ファンイベントはまさにそうですね。お台場で5000人のファンイベントを開催されたときは驚きました。
井手:
あれもトレードオフなんですよ。短期的な売上を捨てて、お客様の満足度を取りました。通常の企業だと両方を取りたがると思います。顧客満足度は高めたいけど、利益も出したい。1日にうん千万円の赤字が出るなんてもってのほかで、仮に赤字が出るなら、それは何ヶ月で回収できるんだという話になります。
山田:
利益は全く計算されていなかったのですか?
井手:
既存顧客の方だとインターネットの購買履歴から予測できますが、その方が連れてくる人までは分かりません。でも、過去に開催したファンイベントの経験から、イベントによって参加者が熱狂し、口コミやPRによって購買が伸びるのは肌感覚で分かっていました。ファンの幸せを考えていれば、売上は後から付いてくる。この自信は、これまで振り切った選択をしてきたからこそ得られたものだと思います。
- ファンが喜ぶことを第一に選ぼう
山田:
他社が選ばない道を突っ切るという観点で見ると、井手さんの仮装もそうですね。井手さんがパーティー会場で暴れまわって、その模様を撮影班が実況中継するという取り組みは聞いたことがないです。
井手:
世界ITサミットは印象に残っています。よなよなエールが懇親会で出されるビールに選ばれて、私が乾杯の音頭を取ることになったんです。会場は赤坂のホテルニューオータニで、有名IT企業のCEOがズラリと勢揃いしていました。
山田:
そのときはどんな仮装を?
井手:
歌舞伎役者です。髪を逆立てて、赤い傘も用意して。衣装は炎の着物がよかったんですけど、既製品がなかったので、スタッフの奥さんに夜なべして作ってもらった絵柄をプリントしました。登場の合図をきっかけに歌舞伎の音楽を流し、台車に乗りながら登場したんですけど。
山田:
どういった反応でした?
井手:
大受けでしたね。ハグやら握手攻めやら、世界的企業の有名CEOが寄ってきて揉みくちゃになりました。ただ、座席のもう半分に陣取っている日本企業のCEOはみんな怒ってるっていう。
山田:
明暗がくっきり分かれたんですね(笑)。
井手:
「晴れ舞台にあんな恥さらしを連れてきたのは誰だ」って(笑)。でも、外国の方から評判が良かったので、サミットの後に行われた政府主催のパーティーに誘われたんですよ。財界の方たちが300人くらいいたんですけど、歌舞伎役者の格好をしている私を見て、みんな怪訝な顔をしていました。そのパーティーには、安倍総理もいらっしゃったんですけど。
山田:
お近付きになろうとしたんですか?
井手:
ビールを注ぎに行こうとしたら、耳にイヤホンを付けたSPに囲まれました(笑)。お前怪しい、これ以上近づくと逮捕するぞって。結局パーティー会場からつまみ出されたんですけど、長野から連れてきた撮影班やライターがリアルタイムで中継と投稿をしていて、Facebookにものすごい数のいいねが付いたんですよ。コメントもたくさん書き込まれて、シェアもされて。
山田:
リアルタイムで観ていた人たちは、これからどうなるんだろうとドキドキしていたでしょうね。怒る人はいました?
井手:
賛否が分かれると予想してたんですけど、99%が大絶賛でした。「恥を知りなさい」という意見もありましたけどね。そこはスタッフが「うちの社長は頭がイカれてるんです。申し訳ありません」と返信して。
山田:
これもトレードオフですよね。ファンが喜ぶことを選んだ。
井手:
そうですね。私たちの活動はそこに尽きると思います。ビールを中心とした総合エンターテイメントを丸ごと届けたいんですよ。
山田:
輪がどんどん広がっていますよね。ファンの方たちが『ファン宴』というイベントを自主的に開催したり、ファンが自分たちでグッズを作ったり。これからどういった未来を目指しているのかを最後にお聞きしたいのですが。
井手:
世界平和です。最近、まわりから「幸せ」という言葉を聞くようになったんですよ。会社はベストカンパニーに選ばれることができて、ファンはビールやイベントを通して楽しい時間を過ごせて、取引先企業の人たちもその渦に巻き込まれるように活き活きとしている。いつか世界を平和にできるんじゃないかと本気で思ってるんです。この間、「ノーベル平和賞を獲れるかも」と言ったら、メンバーはポカンとしていましたけどね(笑)。
山田:
ノーベル平和賞! 壮大な夢ですね。
井手:
ボブディランがノーベル文学賞を獲ったんだから、自分たちも獲れると思うんです。そう信じて、これからもファンを熱狂させていきたいですね。
山田:
授賞式の壇上で仮装をしている井手さんの姿をぜひ見てみたいです。今日はありがとうございました!
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