- 稲荷田 征(文化ファッション大学院大学名誉教授)× 山田敏夫(ファクトリエ代表)

山田:
本日は、現代の名工・稲荷田征さんにお話を伺います。よろしくお願いいたします。

稲荷田さん(以下敬称略):
よろしくお願いします。

洋服の道に進んだ理由
洋服の道に進んだ理由

山田:
まず最初に、服づくりの道に進まれたきっかけを教えていただけますか?

稲荷田:
中学校の家庭科の授業でミシンを使ったとき、なぜか先生よりも上手に縫えたんです。それを見た親が「この子はこの道に向いてる」と判断して、もうその時点で進路が決まりましたね(笑)。

山田:
まさに“才能の目覚め”ですね。

稲荷田:
当時はまだ洋服屋の注文屋があった時代で、中学を卒業してすぐに札幌の洋服店に弟子入りしました。6年間修行して、1年間お礼奉公してから一人前の職人になりました。

山田:
職人になるには“裏返し縫い”の技術が必要だったと伺いました。

稲荷田:
はい、洋服を解体して裏返し、それを表に着られるように縫い直すんです。当時は接着芯を使わない完全な手縫いでしたから、2着くらいきれいに裏返して縫えないと、職人として一人前とは見なされなかったんです。

山田:
それを22歳でこなされたと。

稲荷田:
そうです。その頃、技能五輪の全国大会にも北海道代表で出場しました。メンズの世界でしたが、今は婦人服の世界でも開催されています。

教育の世界へ
教育の世界へ

山田:
その後、教育の道にも進まれましたね。

稲荷田:
はい。学校法人文化学園の文化ファッション大学院大学で教鞭を執り、今は名誉教授として全国の縫製支援にも関わっています。

山田:
若い人に伝えたいことはありますか?

稲荷田:
「洋服を楽しんで作ろう」ということですね。1つの工程だけでなく、1着まるごと作れるようになること。それが次のアイテムへの挑戦にもなって、仕事がどんどん楽しくなります。

山田:
AIや3Dツールなど新技術についてはどうお考えですか?

稲荷田:
否定せず、取り入れるべきです。私自身、特許や実用新案を10件以上取りました。技術者こそ変化に柔軟でなければいけません。常にテーマを持って、挑戦と挫折を繰り返す中で何かが見えてくるんです。

技能者にとって大切なこと
技能者にとって大切なこと

山田:
稲荷田さんは一貫して“着る人の喜び”を意識されているんですよね。

稲荷田:
最終的には、そう。デザイナーの意図も理解しながら、でもやっぱり着る人の笑顔を想像して縫っています。

山田:
日本のものづくりの強みは何だと思いますか?

稲荷田:
丁寧さですね。ただし、丁寧さにとらわれすぎると、遊びや立体感がなくなることも。だからこそ、素材や時代に合わせて、柔軟な発想も必要です。

山田:
「パタンナーはハブになるべきだ」というのはどのような意味ですか?

稲荷田:
パタンナーは、デザイナーと工場、着る人をつなぐ存在。だから、ただのオペレーターではなく、私は“技能者”と呼びたいんです

作る喜びを感じて欲しい
作る喜びを感じて欲しい

山田:
最後に、これからのファッションを志す人や業界に期待することは?

稲荷田:
やっぱり「楽しさ」ですよ。作る喜び、生きる喜び。それを味わえる場を、私たち大人がちゃんと用意してあげることが必要だと思います。

山田:
なるほど。特に印象的だったのが、“1着を仕上げられる人”を育てることの大切さです。流れ作業では見えない全体像を掴むことで、ものづくりの深さや面白さが見えてくるんですね。

稲荷田:
その通りです。最近では、3人ほどのチームで1着を仕上げる小規模なライン構成も提案しています。そうすると自然と対話が生まれ、ミスも減って技術の共有が進むんです。これが、教育にも、生産にも、いい循環を生むんですよ。

山田:
まさに“人”が中心になる仕組みですね。

稲荷田:
人間ってね、昨日できなかったことが今日できるようになると、モチベーションが一気に上がるんですよ。機械じゃなくて、人がやる意味はそこにあると思います。やってみて、工夫して、失敗して、また挑戦して。そういうサイクルの中で「自分で作れる」って実感が持てるようになる。

山田:
先生の中では、それがまさに技術の“楽しさ”なんですね。

稲荷田:
そうです。私も何十年とやってきましたけど、3年、4年と考え続けて、ある時ふと答えが見つかることもあります。そのときの喜びって、もう格別ですよ。頭の中でずっと寝かせていたものが、突然形になるんです。

山田:
その姿勢こそが、ずっと挑戦し続ける原動力になっているのかもしれませんね。

稲荷田:
人間って、若くても年を取っても、「できるようになる楽しさ」って変わらないんですよ。それを若い人たちにも知ってほしいし、感じてほしい。そのためには、教える側が我慢強く向き合わないとね。すぐ答えを出すんじゃなくて、考えさせる。それが指導なんです。

山田:
今日のお話を通じて、“教える技術”という新たな側面も見えた気がします。

稲荷田:
やっぱりね、職人は技術だけじゃなくて、人を育ててこそ本物なんだと思うんです。教えるということは、自分を磨き直すことでもありますから。若い世代と接することで、私自身も新しい発見がある。それが嬉しいんです。

山田:
その柔軟さと情熱、“現代の名工”は若々しいですね。私も見習いたいです。

本日は本当にありがとうございました!