- 齋藤峰明(元エルメス本社副社長)× 山田敏夫(ファクトリエ代表)
職人の手仕事が生む「普遍的な価値」
山田:
齋藤さん、本日はお時間をいただきありがとうございます。私たちは日本全国の優れた工場を回り、職人の技術を直接生活者へ届ける活動をしていますが、常にエルメスの存在は一つの到達点として意識しています。特に、エルメスの代名詞である「サドルステッチ」は、素晴らしい技術です よね。
齋藤さん(以下敬称略):
山田さんの活動には10年以上前から注目していました。エルメスという会社は、1837年に馬具工房として始まった時から、本質的には何も変わっていません。それは「職人の会社」であるということです 。
サドルステッチがなぜ優れているかといえば、二本の針で麻糸を交差させ、たとえ一箇所が切れても解けない耐久性を生み出すからです。これは、使い手が馬の上で命を預ける道具を作っていた時代からの約束事なのです 。
山田:
その「命を預ける」という重責が、現代のバッグ作りにも継承されているのですね。日本の職人も同様の精神を持っています。
例えば、岡山のデニム職人は、旧式のシャトル織機を使い、手間を惜しまずセルヴィッチデニムを織り上げます。世界中にファンがいるんですよね。 効率だけを考えれば最新の織機の方が早いですが、彼らはあえて低速で織ることで、生地に独特の膨らみと風合いを持たせています。
齋藤:
デニムも同じですね。効率化の果てにあるのは「均一化」ですが、職人の手仕事が生むのは「個性」と「愛着」です。 使い込むほどに経年変化を楽しめるという、エルメスの革製品と全く同じ思想に基づいています 。
山田:
職人さんたちは、しばしば「当たり前のことをしているだけだ」と言います。齋藤さんがエルメスで見てこられた職人たちも、同じような気概を持っていたのでしょうか。
齋藤:
彼らは自分たちを「詩人」であるとも考えています。「商人であり、詩人であれ」という言葉がエルメスにはありますが、単に売るためのものを作るのではなく、そこに使われる喜びや美しさを込める。それが、エルメスのエスプリなのです 。
日本の職人も、自分の作ったものが誰かの人生に寄り添うことを想像した時、その技術は単なる作業を超えて、表現へと変わるはずです。
山田:
まさに、ファクトリエが伝えたいのもその「ほんものづくり」です。製品の背景にある職人の思いや、その土地の風景が見えるようなものづくり。それを伝えることで、消費者は単なる「モノ」ではなく、その背後にある「価値」を買うようになるのだと信じています。
マーケティングを否定する経営の真髄
山田:
齋藤さんは、エルメス本社の副社長という要職を務められる中で、ブランドのアイデンティティをどう守り、発展させてこられたのでしょうか。
齋藤:
一番大切にしたのは「家業を貫く」という姿勢です 。
エルメスはファミリー企業であり、自分たちが納得できないものは世に出さないという頑固さがあります。2008年に私が外国人として初めて本社副社長に就任した際も、求められたのは「外からの視点」ではなく、むしろ「エルメスの本質をどう守り続けるか」という問いへの答えでした 。
山田:
日本の多くの企業は、売上目標や市場シェアを第一に考えがちです。しかし、エルメスは「定量の中での質の追求」を掲げていますね 。
齋藤:
そうです。「明日のことを恐れよ」という言葉があります 。今日うまくいっているからといって、明日も同じようにいくとは限らない。だからこそ、常に現状を疑い、自分たちを「崩して作ってみる」勇気が必要なのです。たとえエルメスであっても、時代に合わせて変化しなければ、それは単なる骨董品になってしまいます 。
山田:
変化することと、変えてはいけないこと。その境界線をどう見極めていらっしゃったのですか。
齋藤:
それは「センス」という一言に集約されます。センスとは単なる流行の感度ではなく、「ものごとの道理を理解すること」です 。例えば、馬具を作るという本質は、今は「使う人の生活を豊かにする道具を作る」という形に変わっています。形は変わっても、その根底にある「実直なものづくり」という道理は変わりません 。
山田:
齋藤さんが日本にエルメスを広められた際、銀座に「メゾンエルメス」という旗艦店を作られました。あれは単なるショップではなく、文化の発信地として設計されていましたね。
齋藤:
あの建物自体が、エルメスのエスプリの象徴です。レンゾ・ピアノ氏が設計したガラスブロックの建物は、夜になると内側から光を放ち、街を照らすランタンのようになります。そこにはギャラリーもある。エルメスが提案しているのはバッグではなく、それを持つ人が送る「知的な生活」なのです。
山田:
私たちの提携工場も、ただ服を作る場所ではなく、その地域の文化を担う存在であってほしいと考えています。工場の職人が誇りを持って働き、その姿に憧れて若者が集まってくる。そんなサイクルを作ることが、日本のものづくりの再生には不可欠です。
齋藤:
全く同感です。企業を育てるのは顧客ですが、その顧客に感動を与えるのは職人の情熱です 。ブランドとは、企業が一方的に押し付けるものではなく、職人と顧客の間に流れる「信頼」の積み重ねそのものなのです。
山田:
なるほど・・
齋藤:
ブランドを育てるのは顧客だと言いましたが、同時に、ブランドが顧客を育てることもあります。良いものを知ることで、人の感性は磨かれます。山田さんには、これからも日本の「ほんもの」を届け続けてほしいですね。
日本人が守り続けてきた「八百万の神」の精神性
山田:
その意味で、日本のものづくりの価値や強みを教えていただけますか?
齋藤:
よく「日本には資源がない」と言われてきました。しかし、日本の物作りを見つめ直すと、実は「自然から与えられた素材」を徹底的に大事にし、高度に加工して価値を高めてきた歴史があります。それは、日本が「八百万(やおよろず)の神」が宿ると信じてきた国だからです。人間は自然の中で生かされているという感覚。この自然崇拝の文化こそが、素材への深いリスペクトを生みました。
例えば「侘び寂び」という概念。時間の経過とともに物が変容していく様子を、単なる劣化ではなく、味わい深い「美」として尊ぶ。西洋の近代化が「完璧な新しさ」を求めてきたのに対し、日本人は「時の流れ」そのものをリスペクトしてきました。今、多くの外国人が日本を訪れ、高層ビル群の中でも神社で手を合わせる日本人の姿に驚きます。西洋文明が限界を迎え、地球環境の破壊が問題となる今、この「自然と共に生きる」という日本の精神性が、世界を救う新しいアングル(視点)として注目されているのです。
利便性を超えた「不便さ」の中の豊かさ
山田:
齋藤さんのお話を伺っていると、僕自身が抱いていた「ラグジュアリー」の定義を考え直さなければと感じます。キラキラした豪華さではなく、もっと人間に寄り添ったものなのですね。
齋藤:
そうですね。現代では「便利な生活=豊かな生活」と誤解されがちですが、決してそうではありません。かつて私が訪れたあるホテルでの体験ですが、ベッド脇にハイテクなスイッチが並んでいるわけではなく、朝目覚めると部屋は真っ暗。しかし、窓の隙間から漏れる光を見て、自分の足で窓辺まで行き、ガチャンと手動で窓を開ける。その瞬間、朝霧が部屋の中にふわっと流れ込んでくる。この「自然とのコンタクト」こそが、本当の意味での贅沢であり、豊かさなんです。
高度経済成長期、私たちは「明るいことが豊かさだ」と教えられてきました。しかし、夜は暗いのが当たり前です。暗闇の中でじっと考え、想像を巡らせる。そこから日本の妖怪文化のような豊かな創造性も生まれました。今の都会では、エアコンで室温を一定にし、一年中同じ花を売り、季節感を失っています。しかし、京都の料理店で「この時期だからこそ、これを食べてください」と言われるように、不自由さや季節の循環に身を委ねる喜びを、私たちはもう一度思い出す必要があるのではないでしょうか。
作り手の意図と使い手の記憶が合致する瞬間
山田:
齋藤さんにとっての「ほんもの作り」とは、具体的にどのような状態を指すのでしょうか。
齋藤:
本物とは、自分の外側に存在する客観的な正解ではありません。自分の価値観が磨かれる中で、「自分にふさわしいものは何か」と問いかけ、見つけ出したものが本物になります。作り手は、素材の良さを最大限に引き出し、使う人のために心を砕いて形にします。しかし、物は作られただけでは価値が完結しません。使い手がその「思い」を受け取り、自分の生活に取り入れた時、初めて魂が吹き込まれます。
面白いのは「粋(いき)」という言葉です。粋な人というのは、作り手の意図をそのままなぞるだけでなく、自分なりにアレンジして使います。かつての茶人が、本来は茶道具ではなかったものを見立てて使ったような「ひねり」です。作り手も「そんな使い方をしてくれるのか」と喜ぶ。こうして、1つの物が「物」を超えて、使う人の人生やストーリーと重なっていく。この「作り手と使い手の共鳴」こそが、本物作りの本質です。誰かが作った客観的な「いいもの」ではなく、あなたにとっての「いいもの」になった時、それは本物になるのです。
デジタル時代における「自分自身との対話」
山田:
かつての大量生産時代は、作り手と使い手の距離が遠すぎて、伝言ゲームのようになっていました。これからの時代、私たちはどう物と向き合うべきでしょうか。
齋藤:
昭和の時代、職人は問屋の言う通りに作り、消費者の声は届きませんでした。しかし今はインターネットを通じて、個人と個人が直接繋がれるチャンスの時代です。ここで大切なのは、使い手が「自分は本当は何が欲しいのか」を自分自身に問いかけることです。ファッションも同じです。
パリコレで流行っているから、インフルエンサーが着ているから選ぶのではなく、自分のアイデンティティとして「これが自分らしい」と言えるものを選ぶ。それが本来のファッションの「粋」です。
山田:
粋ですか?
齋藤:
そうです。エルメスで「地中海の年」というテーマを掲げた際、職人たちは実際に地中海を旅し、エーゲ海やアドリア海の「青」を肌で感じて商品に落とし込みました。
あるお客様がその「エーゲ海の青」の手帳を選んだ理由は、新婚旅行がエーゲ海だったから。その手帳を持つたびに、彼女は自分の大切な記憶と繋がることができます。これこそが、人が作ったものを人が使う醍醐味です。効率化で「人の介在」を排除してきた時代から、もう一度「人間同士のストーリー」を通わせる時代へ。自分を幸せにする生き方を自分自身で考えることが、これからの日本、そして世界を豊かにしていく役割なのだと信じています。
山田:
素敵なお話ですね。自分を知り、価値観に合った商品を選んでいく。これからのAI時代にこそ、大切にしたい考え方だと思いました。本日はありがとうございました!
齋藤 峰明さんのお気に入りの一着:超高機能ウール ウルトラライトパーカー/NIKKE AXIO®
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