79歳でTAKEO KIKUCHIデザイナー菊池武夫さんに学ぶ感性の育て方

79歳でTAKEO KIKUCHIデザイナー菊池武夫さんに学ぶ感性の育て方
79歳でTAKEO KIKUCHIデザイナー菊池武夫さんに学ぶ感性の育て方
山田が出会った人々シリーズ
2020.10.14
山田 敏夫
こんにちは、ファクトリエ代表の山田です。

2020年10月13日(火)の深夜、サッカー日本代表がコートジボワールに勝利したのを見ていて、ふと2年前のワールドカップ2018のコロンビア戦のことを思い出しました。
あの日はファクトリエメンバーやお客様が一堂に会して観戦しておりました。香川真司選手からの直筆のサイン入りユニフォームも飾ったりして、とても盛り上がったのを今でも覚えています。
ただ、この日がはっきりと記憶に残っているのは、その直前にある方とお会いしていたから。そのある方とは、菊池武夫さんです。(その後、サッカーも一緒に観戦していただきました(笑))

菊池武夫ではなく、「TAKEO KIKUCHI」と表記した方が馴染み深いかもしれません。このアルファベットを見てピンとこない人はいないですよね。日本のメンズファッション界の第一人者である菊池さんは、当時79歳。私の倍以上の年齢なのですが、とてもそうは思えない若さとエネルギーがあり、サッカーに関しても私たち以上に詳しい知識をお持ちでした。
8年のブランクを経て、73歳で復帰
菊池さんは65歳を迎えたとき、「TAKEO KIKUCHI」を若い世代に引き継ぐために第一線を退きます。しかし、73歳でクリエイティブ・ディレクターに復帰。身を引いている8年の中で、会社やブランドに対する成熟、そして成熟に起因する閉塞を感じ、今一度ブランドにエネルギーを注ぐために現場復帰を決めました。
ハングリー精神だけが
人を突き動かすのではない
リタイヤして悠々と余生を過ごすという生き方もあったはずです。あれだけの成功を収めたのですから、「もうハングリー精神は残っていないのでは」と考える向きもあるでしょう。しかし、菊池さんの話を聞いていると、人を突き動かす原動力はハングリー精神だけではないと感じます。
▲ファクトリエ銀座店にて。

もともと由緒ある家柄に生まれた菊池さんは、逆境を跳ね返す形でアクションを起こしてきたわけではありません。私はこれまで、欲深い人は自分の境遇にコンプレックスを持っているというイメージをなんとなく持っていました。W杯に絡めて言うと、貧しい家庭に生まれた少年が自分の未来を変えたいと強く願い、飢えたようにサッカーに打ち込む。こういった反骨心が成功につながるケースもありますが、人の欲は必ずしもハングリー精神だけから生まれるわけではないようです。
片道15kmを徒歩で出勤し、毎回ルートも変える。
その裏にあるものとは?
▲菊池さんの大ファンだという、ファクトリエ最年長堀井さんも興奮気味(笑)。

菊池さんの原動力となっているもの。

それは「好奇心」です。

ファッションに限ることなく、色々な方面にアンテナを張っていらっしゃることが会話の端々から伺えます。サッカーの情報に関しても、アンテナが敏感にキャッチしているのでしょう。

フィルターをかけずに様々な情報を取り入れようと、自宅から会社までは歩いて通勤されているそう。まだ見ぬ景色と出会うために、片道15kmのルートは毎回変えているとのことです。

「自分をワクワクさせるものと出会いたい」という好奇心を持ち、能動的にアンテナを張り、心が揺さぶられることを楽しむ。こうして感性を育て続けているからこそ、今も現役のデザイナーとして多くの人たちに刺さる洋服を生み出せるのです。
▲ファクトリエのシャツやパーカーを試着する菊池さん。銀座店コンシェルジュの木村さんも楽しそうです。
いくつになっても
感性は育てられる
年齢とともに感性は衰えていくという声も耳にしますが、それはきっと自分の過去やスタイルに捉われているから。人間であることの不確実性や余白を大切にし、いいと思ったものを柔軟に取り込んでいけば、いくつになっても感性は育てられるのだと感じました。

日々いろんな方々と出会いますので、またこんな感じで学んだことをお伝えしていければと思います。
この記事にいいね
山田 敏夫
ファクトリエ代表です!月の半分以上はアパレル工場やものづくりの現場に訪問しているので、職人の魅力をはじめ、地方のグルメや活躍されている異業種の職人さんたちの語れるストーリーをお届けしています!