-栗城史多(登山家)× 山田敏夫(ファクトリエ代表)

山田:
本日は、登山家の栗城史多さんにお話を伺います。どうぞ宜しくお願いいたします。

栗城(敬称略):
よろしくお願いいたします。

山田:
早速ですが、栗城君の経歴を見ると、チャレンジの連続という印象を受けます。

‐孤独や不安を感じるということは、自分自身と向き合っていることの証

山田:
8000m峰を単独・無酸素で登頂したり、気候条件の厳しい時期に6度もエベレストに挑んだり。まわりから止められたことはありませんか?

栗城:
しょっちゅうありますよ。何度となく否定されてきました。そんなの無理だから止めておけと。

山田:
止められたことでチャレンジを諦めようとは思わないんですか?

栗城:
思わないですね。私は否定という壁をなくしたいんですよ。私に限らず、チャレンジを否定されている人たちはたくさんいると思っていて、そういう人たちの背中を押したい。全国各地で講演を行っているのも、否定という壁をなくすためです。

山田:
否定という壁によってアクションが制限されている人たちは多いと思います。どうして否定って起こるんでしょうね。

栗城:
原因の1つは、「失敗や挫折は悪だ」という風潮です。チャレンジって失敗や挫折が付き物じゃないですか。特に誰もやっていない試みであればあるほど、そうなります。インターネット回線を使って登山を生中継したときも、誰もやったことがないのにもかかわらず、無理だから止めておけと言われました。

山田:
一般的に正しいとされている物差しで測ると、そういう判断になってしまうんでしょうね。前例がない時点で失敗するだろうと考える人もいるでしょうし。

栗城:
そこなんですよ。成功と失敗という二元的な判断軸が間違っているんです。少なくとも私にとっては、成功や失敗は重要なことではありません。私は登山家ですが、登頂できなくても満足感を得られたケースは多々あります。外から見れば失敗かもしれませんが、私にとっては違う。

山田:
評価が相対的ではないんですね。基準が自分の中にある。

栗城:
成長に関してもそうですね。他者と比較して相対的に測るのではなく、自分自身と向き合いながら測っています。人間は孤独なので、ついつい誰かと比べてしまうんですよ。でも孤独や不安を感じるということは、自分自身と向き合っていることの証でもあります。

山田:
孤独や不安はポジティブなものであると。

栗城:
否定が起きてしまう理由としてもう1つ、情報を収集し過ぎていることも挙げられます。誰かが行動する前にネットなどで情報を調べて、「止めることを勧めよう」とその時点で判断しちゃう。見方によっては助言なのかもしれませんが、ブレーキになっていることも多々あります。

山田:
ネガティブな情報に目が行きやすいのかもしれませんね。どんなチャレンジであれ、リスクは内包されているものなのに。

栗城:
自分自身で否定の壁を作ってしまうケースもあります。小学4年生までは「夢はありますか?」と聞くと、みんな手を挙げるんですよ。でも、5年生からは一気に手が挙がらなくなります。

山田:
いろいろな情報が入ってくる年頃なんでしょうね。ネットが普及している今、その年齢はどんどん下がっていくかもしれない。

‐苦しみの分だけ、 後から喜びがやってくる

栗城:
大人が夢を後押ししてあげればいいんですけど、背中を押すどころか、チャレンジを否定する大人もたくさんいます。陸上をやろうとしたら足が遅いから止めておけとか、進学校を志望したらその成績では無理とか 。

山田:
栗城君自身も学生時代に何かを否定された過去はありますか?

栗城:
大学生のときのことは今でも忘れられません。北米に標高6194メートルのマッキンリー(現名称:デナリ)という山があって、一人で登頂しようとしたところ、あらゆる人たちからストップがかかりました。

山田:
険しい山なんですか?

栗城:
山にはクレバスっていう割れ目があるんですけど、マッキンリーのクレバスは深い箇所で50メートルくらいあります。グループだとロープでつながっているから、仮にクレバスに落ちたとしても助かる可能性はある。でも、一人だと一巻の終わりです。クレバスは雪が被って見えないことが多いので、どれだけ注意を払っても防ぎようがない。

山田:
それは私でも反対するかもしれません。

栗城:
当時は登山部に在籍していたんですけど、学校側が北海道の実家に退部届を送ったくらいですからね。私が退部届を出さないので、登山部を辞める旨を親に書いてもらおうと。私に何かあったら学校の責任問題に発展しかねないので、それは仕方ないことかと思いますが。

山田:
結局登ったんですよね?

栗城:
出発直前に父から電話がありました。「帰ってこい」と言われたら帰るつもりだったんですけど、父は私に「信じてるよ」と言ったんです。

山田:
「頑張れ」じゃなかったんですね。

栗城:
「頑張れ」だったら決心できていなかったかもしれません。それ以降、仲間が何かにチャレンジするときには「頑張れ」ではなく、「信じてるよ」と声をかけるようにしています。父の言葉には勇気付けられることが多くて、凍傷で指を切断したときも 「生きて帰れてよかった。おめでとう」と病室で声をかけてくれました。

山田:
「おめでとう」と言えるのがすごいですね。怒ってもおかしくない場面なのに。「信じてるよ」という言葉の通り、栗城君のことを本当に信じているのかもしれませんね。うちの息子は無謀なチャレンジしているように見えるけど、命知らずな人間ではないと。

栗城:
登山は死と隣り合わせですが、私は生きて帰ることに意味があると思っています。 下山する判断基準が明確にあるんですよ。それは、楽しいか楽しくないか。自分が楽しんでいれば登るし、楽しんでいなかったら下山します。

山田:
楽しんでいることは肉体的にも影響を及ぼすのですか?

栗城:
及ぼしますね。ワクワクしているときは土壇場で力が出る。だから登山の最中は、山を見るのではなく、自分を見ています。「この山を登ると決めたからクリアしよう」と思ったときは、山に執着しているんですよ。山に執着して自分の体力や気力を判断できなくなると危ない。見るべきは自分自身です。

山田:
登山は苦しい場面も多いと思いますが、それを支えているのは、楽しいというシンプルな動機なんですね。

栗城:
苦しいことが好きなわけではないんです。喜びと苦しみは表裏一体で、苦しみが大きい分だけ、 振り子のように後から喜びがやってくる。

山田:
登頂以外にも喜びを感じられる瞬間があるんですか?

栗城:
あります。どの山も印象的ですが、思い出深い山を挙げていくと、ほとんどが登れなかった山なんですよ。登れなかったということは、それだけ苦しさがあったということ。でも、苦しさが大きい分だけ学べることも多かったし、それが登山家や人間としての大きな成長につながっています。私にとっては成長こそが何よりの喜びなのかもしれません。

‐できないと思うのは、自分の幻想に過ぎない

山田:
孤独をポジティブに捉えているという話がありましたが、寂しくなることはありませんか? あまりにも賛同を得られないと心が折れそうになる気もするのですが。

栗城:
最初は一人でも、発信し続けていると仲間が集まってくるんですよ。インターネット回線で登山を生中継したときも、その2年前から事あるごとにいろいろな人に伝えていました。登山の模様をエベレストからインターネットで生中継しますと。何度も言い続けた結果、「もしかしたら応援してくれる社長がいるかもしれない」と紹介を受けてスポンサーがつきました。

山田:
言霊ですね。

栗城:
「叶う」という漢字は、口に十って書くじゃないですか。私は1日に10回、誰かに伝えることを心がけていました。お金もコネもなかった私がここまでチャレンジを続けられたのは、目標を打ち立てる度に発信してきたからだと思います。

山田:
昔から夢に向かって真っ直ぐな性格だったのですか?

栗城:
いや、昔は全然違いますね。大学に入るまでは夢を持つタイプの人間ではありませんでした。特に高校のときは暗かったです。暗いクラスメイト同士でお互いを妖怪人間と呼び合っていたくらいですから(笑)。

山田:
今のアクティブな姿からは想像もつかないですね。登山家になろうと思ったのも大学に入ってからですか?

栗城:
そうです。20歳のときですね。当時、結婚したいと思っていた彼女から振られてしまったんですよ。「2年間付き合ってきたけど、あまり好きではなかった」って言われて。翌日から原因不明の熱が出ました。

山田:
栗城君の繊細な一面が垣間見えます。

栗城:
体に力が入らず、大学にも行けなくなりました。ある朝、背中が痒いと思って布団を見たら、黒いカビが生えていて。何となくカビをなぞっていくと、人間の形になったんです。俺は人間ではなく、とうとうカビになってしまったと思いました。

山田:
まるでホラー小説ですね。でも当時は真剣に思ったと。

栗城:
人間に戻りたいと切に願いました。そこで人間の定義を考えたとき、夢や目標を持つことが人間の特権だと思い当たったんです。同じタイミングで、私を振った彼女が雪山に登っていたことをふと思い出して。山に登るという目標を持ってみるのもいいかもしれないと思い、山岳部に入りました。

山田:
そんな紆余曲折を経ている栗城君だからこそ、多くの人たちの心を動かせるんでしょうね。講演の依頼が増えているのも分かる気がします。

栗城:
企業の新入社員研修では講演しない方がいいと言われていますけどね。

山田:
新入社員が夢を追うために会社を辞めちゃうんですね(笑)。

栗城:
ファクトリエの研修だったら大丈夫じゃないですか?

山田:
これから入ってくる社員にも栗城君の言葉を伝えたいですね。ファクトリエも前例のないビジネスにチャレンジしているので、きっと励みになると思う。

栗城:
できないと思うのは、自分の心がそう決めているだけ。自分の幻想に過ぎないんです。やってみたらできることはたくさんあるはず。それに、実現するか実現しないかは関係ありません。否定という壁を取り払い、夢や目標を持つ人たちを一人でも増やしていくこと。それは、私の天命だと思っています。