-寺尾 玄(バルミューダ株式会社代表取締役社長)× 山田敏夫(ファクトリエ代表)

山田:
私自身、バルミューダのトースターと炊飯器を愛用しているのですが、製品の切り口にいつも驚かされます。先日発売されたカレーのルーもユニークですよね。プロダクトメーカーが食品を開発するという。

寺尾(敬称略):
アイデアを考えるのが癖なんですよ。今もアイデアに溺れていて、新しい企画が浮かんだことで、進行中のプロジェクトが後回しになることもあります。「こっちの方があれよりすごいぞ」って。

山田:
そんなに頻繁に思い浮かぶのですか?

寺尾:
ポコポコ浮かびますね。

山田:
最近、消費者からニーズを吸い上げて製品を開発するという、言わば外部ブレーンを活用する企業も増えています。そんな中、寺尾さんはマーケティングを一切しないという話を聞きました。

寺尾:
マーケティングはしません。クリエイターはあまり人と相談しない性質を持っていると思っています。他者と会話を重ねることもある程度は必要ですが、 自分のひらめきの方が大切です。

山田:
どんな時にひらめきますか?

寺尾:
リラックスしているときです。シャワーを浴びているときとか、お酒を飲んでいるときとか。緊張とリラックスを短期スパンで繰り返すことは意図的に行っています。人は多くの時間を緊張状態で過ごしていて、今こうして話しているときもそうです。緊張から解放されたときにインスピレーションが湧いてくる。

山田:
緊張状態からの落差が必要なんですね。

寺尾:
緊張しているときは必ず何かを考えています。そこでの思考がリラックスしたときにも無意識下で脳に残っていて、ふとした瞬間に本質がフッと姿を見せる。それを嗅ぎ取ることがアイデアにつながっていきます。私のデスクの後ろにはソファがあって、ミーティングの後にはよく横になっていますよ。2~3分で眠れます。

山田:
寝ているときにアイデアがひらめくこともあるのですか?

寺尾:
ありますね。寝ているときに思い浮かんだことはちゃんと覚えています。

山田:
リラックスするのって難しいですよね。「リラックスしよう」と自分に強いてしまうのは、それはそれで緊張状態ですし。

寺尾:
「リラックスしていいよ」って誰かから言われても中々できないですよね。だから デスクを社員から離そうと思ってるんですよ。社長が近くにいない方がいいかなと(笑)。

不可能は断言できない。とにかく可能性を信じる

山田:
常に新しいアイデアを生み出すモチベーションはどこにあるのでしょう?

寺尾:
「すごいことできないかな」って思ってるだけなんじゃないかな。

山田:
人々を驚かせたいという気持ちもありますか? 

寺尾:
構造的にそうなっているんですよ。クリエイティブとは枠を外すことです。だから枠を外せたときは、自ずと驚きもセットになっている。

山田:
枠を外すというのは、先入観に捉われないということですか?

寺尾:
例えば今、私たちの眼の前にコップがありますよね。売れるコップって何だろうって考えたとき、コップで何を飲むのか、どうすれば持ちやすいのかという風に思考を進めがちですが、それはクリエイティブではないと思います。

山田:
寺尾さんの中でのクリエイティブとは?

寺尾:
何かを生み出すことです。生み出されたものを形に仕上げていく工程はもちろん必要ですが、それはクリエイティブとは呼べないんじゃないかな。コップの例だと、そもそもコップは必要なのかなって今思いました。少し飲んだだけで喉が潤うドリンクを開発した方が世の中に受けるかもしれない。

山田:
確かに。コップありきで発想するのではなく、前提を疑うわけですね。枠を外す際に心がけていることはありますか? ただ外せばいいわけではないと思うのですが。

寺尾:
ポップであるかどうか、ですね。ぶっ飛んだアイデアはいくらでも出せます。10万円のトースターをつくれば枠を外しているかもしれませんが、まず売れないでしょう。人々に受け入れられるだけのポピュラリティーを備えていることが重要であり、そこに適合したものだけがいいアイデアとして世の中に浸透していきます。

山田:
ポップであるかどうかはどのように判断しているのですか?

寺尾:
「素晴らしい人生」につながるかどうかがジャッジメントポイントです。いろいろとアイデアは上がってきますが、そこに関与していないものは、枠を外していたとしても採用しません。「素晴らしい人生」に関与していて、自分が「これはいい」と信じられるアイデアであれば、人の意見はあまり聞かないですね。自分がいいと思う以上に、 自分にとって信頼性の高い裏付けはありませんから。

山田:
まわりから反対されることは?

寺尾:
ありますよ。でも、「なんでダメなの?」「なんでできないって決めるの?」って思います。私は可能性を信じてるんです。心の底から。「できない」っていう言葉はナンセンスです。

山田:
いいアイデアが浮かんだときに、実現不可能だとは思うことはありませんか?

寺尾:
不可能だと断言することが不可能です。何がどうなるかは誰にも分からない。自分が進化していれば、過去の自分にできなかったことも、未来には実現できるかもしれない。他人も進化しているかもしれないし、社会の価値観が変化していることも考えられますよね。だから「できるかもしれない」というのは言い切れるんです。

山田:
1人でメーカーを立ち上げられたり、借金を背負ってまで3万円の扇風機をつくったりされたのは、とにかく可能性を信じて来られたからなのですね。

寺尾:
世の中は可能性に満ちています。こうしている今もチャンスをみすみす逃している。アイデアはあるのに、思いつけていないだけなんです。BALMUDA The Toasterのプロジェクトがスタートしたのは2014年でしたが、もっと早く思いついてもよかった。

アイデアはゼロから生まれません。アイデアの正体は“組み合わせの妙”であり、BALMUDA The Toasterは高性能のトースターと蒸気で美味しいパンを作るという組み合わせから生まれました。しかし、これらの素材は2014年以前からあったわけです。だから、2012年に思いつくことだってできた。今もアイデアを思いつけていない自分に焦っているんです。

山田:
トースターの開発秘話として、土砂降りの日にバーベキューをしたことがヒントになったという話を聞いたことがあります。

寺尾:
あれはアイデアを思いついた後の出来事です。テクノロジーとしてどう形にしていくかを模索しているときにバーベキューがあって、そこでトースターに蒸気を使うという具現化の手法が見つかりました。テクノロジーも大切ですが、最初はアイデアやビジョンありきです。アイデアがなければ、蒸気を使うという手法も見つけられていないでしょうね 。

誰かの喜びほど、嬉しいものはない

山田:
バルミューダは製品の良さを伝えるためのコミュニケーションにも力を入れていらっしゃいます。HPの情報量も膨大ですよね。

寺尾:
コミュニケーションにはものづくりと同じだけのパワーを割いています。Webは言わばユーザーへのプレゼンですよね。そこはもう命がけですよ。

山田:
製品の紹介だけではなくて、その製品を使うことでどういった生活を送れるのかが具体的に書かれています。

寺尾:
トースターや炊飯器で言うと、大事なのは製品そのものではなく、あくまでも食事なんですよ。「こんなに美味しいチーズトーストを焼けるんだよ」っていう方法を提供することが私たちの核心で、製品そのものは二の次です。方法が何よりも大切で、その方法を手に入れるためにはこのトースターが必要になりますよっていう。

山田:
写真も臨場感があって、見るたびに食欲がそそられるんですよ。

寺尾:
食に向かう人のエネルギーはすごいですから。昔の人々は生き延びるためだけに生きていましたが、今は生きることが常態化しています。今の人々が何よりも嫌なのは死ぬことであり、何よりも好きなのはその逆。つまり、元気になることです。そのために取り入れるものこそが、今の人々が一番好きなものだと思っています。

山田:
美味しい食べ物はまさにその1つですね。

寺尾:
美味しいものを食べる体験は生きる喜びに直結します。私は「世の中にどんな体験を提供しようか」ということを常に意識していて。人々が欲しいのは、製品ではなくて体験ですから。

山田:
誰かの役に立つことが寺尾さんの幸せになっているのですか?

寺尾:
誰かの喜びほど私にとって嬉しいものはありません。自分のつくったもので他の人が喜んでいる。これは病みつきになるくらい気持ちいいですよ。1回喜ばせると、また喜ばせたくなる。気持ち良さのジャンキーなのかもしれない。

山田:
自己実現やものづくりへの探究心と、もっと世の中に役立ちたいという思い。どちらが強いですか?

寺尾:
役立ちたい方です。人の役に立つことが嬉しいし、それによって私自身もいい気分になる。私はすごくいい気分になるために仕事をしていて、そのためならどんな努力も捧げられます。

山田:
これだけヒットを生み出していると、次も期待に応えなければならないというプレッシャーはありませんか?

寺尾:
全くありません。まわりからの期待以上のものをつくろうという意欲や使命感の方がはるかに大きいです。

これからの人間の価値はアイデアに基づく

山田:
将来の展望もお伺いしたいのですが、例えば直営店の立ち上げは考えていらっしゃいますか?

寺尾:
まだ早いですね。店舗づくりよりも、次々と湧き出るアイデアを具現化させていく体制づくりの方が課題です。

山田:
オフィスの1階にあるスペースは何かに活用できそうな気がしたのですが。

寺尾:
レストランやカレー屋さんを設けることも考えましたが、会社としての可能性を広げていく上では、製品をつくる方が効率的なんですよ。私たちはものづくりが得意な会社なので。

山田:
既存モデルをマイナーチェンジした製品も発売されませんよね。常に新しい領域にチャレンジされています。どれだけヒットを生み出しても、何かを生み出すことへの渇望は絶えませんか?

寺尾:
満足はしないですね。いつかするかもしれないけど…、しなさそうかな。これからも「今までで一番すごいアイデアを思いつくはずだ」ってずっと自分に言い聞かせているような気がします。

山田:
私も今、いろいろとアイデアを考えているのですが、ファッションでヒットを飛ばすことは一筋縄ではいかないと改めて思っていて。

寺尾:
ファッションを広義で捉えると、ジーンズはものすごく人々に受け入れられましたよね。今までに世界中で売れた数は、iPhoneどころの比ではないですし。YシャツやTシャツだってとてつもなくヒットを飛ばしたと言えるかもしれない。

山田:
確かに。そう考えるとマーケットはものすごく大きいのかもしれません。アイデアというものが今回の対談ですごくクリアになった気がします。

寺尾:
今後AIが進化していくに連れて、お金だけで実現できることはどんどん減っていきます。昔は都市と農村の富の差を利用することで利益を出せました。工場を設けて安い労働力を集約させ、原価を抑えて高く売るっていう。しかし今は中国でも工賃が高くなり、工場を建てるだけでは利益が出せないじゃないですか。

山田:
アパレルもベトナムやミャンマーに工場が移りつつありますが、中国のようにやがて工賃が上がっていくと思います。

寺尾:
今はお金だけがあっても成功できない時代です。そこに何が必要かと言うと、アイデアです。お金がなくても、素晴らしいアイデアがあれば資金を調達できます。たんまりのアイデアとたんまりのお金、どちらが欲しいですか?

山田:
たんまりのアイデアですね。

寺尾:
ですよね。たんまりのアイデアでビジネスを興した方が、たんまりのお金をやがて上回りますよ。今はお金の価値、もっと言うと人間の価値が減ってきたとも言えるかもしれません。

昔は時間を売れば労働力になりましたが、労働力を機械がカバーする時代では、時間を売るという概念がなくなっていきます。では、人間に売れるものは何か。それはクリエイティブしかないんですよ。ヒットするファッションアイテム、期待しています。ぜひ開発してください。

山田:
今日は寺尾さんからたくさんのヒントをいただきました。今後のファクトリエのものづくりにきっと影響を与えていくと思います。本当にありがとうございました!